「イヌを叱る」番外編 僕が叱らなくなったワケ

ちょっと今日は、思い出話に付き合ってください。
セミナーでは割とよく話すことなのですけれども。
※以下のお話をセミナーで話すことや、ブログに紹介することについては、当たり前ですが飼い主さんの許可を得ております(ねんのため)。

もう、15年近く前の話です。
わたくしTaKaYaMaはその昔、訓練の師匠が「お前はイヌにきつすぎる」と注意したぐらい、かなりイヌを「叱って」いた訓練士でした。
師匠は全然そんなことはなくて、というか熟練の訓練士さんは「叱らない」んですよね。
叱る必要もなく、どんどんイヌをコントロールしちゃう。
あれはやっぱり職人芸ですね。

しかし、駆け出しのわたくしは、そんな技術も芸も持ち合わせていませんから、ガシガシガンガンとやってたんですね。
飼い主さんにも「ちゃんと叱らないとダメです」「そんなことではイヌに舐められます」「ちゃんと自分がリーダーであることを示さないと」「最後は気合いですよ気合い」と、まさにテンプレなことをやっていました。
でも、ある飼い主さんがきっかけで、「こらいかん」と思ったわけです。

その飼い主さんは「イヌを叱りたくない」という人でした。
でも、僕の指導は「ちゃんと叱りなさい」というものでした。
あと「リーダーになりなさい」と。

チェーンカラー(チョークチェーン)を使って、ビシッ!と叱る。
もちろん、褒めるときはこれでもか!というぐらいに褒めるんですよ。
当時は確か「1叱ったら、10褒める」とか言ってたと思います。

まあ、そういうやり方しか知らなかったんですよね。
いわゆる「陽性強化」っていうものが、段々と出回り始めた頃で。
いまひとつそれがどういうものかもよくわからなかったし。

「叱るのは嫌だ」と言っていた飼い主さん。
段々と、リードさばきや、チェーンの使い方も上手くなっていきましてね。
そんなある日、レッスン中に、飼い主さんがイヌを叱る場面があったんです。
それはもうきれいにショックが入りまして、イヌもすぐに大人しくなりました。
本来なら、そこでイヌを褒めなきゃいけない。
叱りっぱなしは、やっちゃダメですから。
ところが、その飼い主さんが取った行動は、全然違うものだったんですね。

イヌを叱って、次に取った行動は、「満面の笑みで僕の方を見る」でした。

 「今のどうでした?すごくうまくショックを入れられたでしょ?すごいでしょ?」

そんな風に、言っているように見えました。
その瞬間、「ヤバイ」と思ったんですね。
「こらいかん」と。

あれほど「叱りたくない、叱りたくない」と言っていた人が、「どう?うまくいったでしょ?」と、笑顔を浮かべている。

自分は何をしてきたんだろうと思いました。
そして、「これはもうやめよう」と思いました。
「リーダーになる」という考え方も、「主従関係を作る」という考え方も、「イヌを叱る」というやり方も。

そこからはもう、謝罪の嵐ですよね。
謝り倒しました。
「今まで、間違ったことを教えていました。すみません」と。

で、しばらくお休みをもらって、考えを変えました。
ちょうどお盆前で、トレーニングもお休みに入る頃で、ちょうどよかったというのもありました。
当時のクライアントさんには「必ず今までとは違う考え方、やり方を見つけてきます。それに納得がいったら、継続してください」と伝えて、色々考えに考えました。
といっても、今から思えば大した考え方ではないですけれど、とにかく違う考え方を見つけて、そんでもって「叱らないやり方」っていうのを模索していきました。

その後、同じ年の秋ぐらいにとあるセミナーに出て、一気に方向性を変えて、「行動学」っていうものが世の中にあることを知って、独学で「行動分析学」の本を片っ端から読んで、大学に聴講に行って、受験して、入学して、現在に至ります。
時々「大学で心理学勉強してます」って言うと、「え?イヌの人じゃないんですか?イヌの心理学が大学にあるんですか?」みたいなことを聞かれるんですが、僕が勉強しているのは「動物に共通する行動の原理についての学問」なので、ヒトもイヌもハトもネズミも金魚も虫も、全部に共通するものなんですよ。
まあ、これについては、いずれまた。

あと、「叱ることをやめる」と決めてからしばらくして、ある1頭の噛み犬と出会いました。
その子には家族全員が噛まれ、何針も縫う怪我もしていました。
ところが、僕は全然噛まれないわけです。

飼い主さんは「やっぱり、プロの人はオーラがあるんだ」なんて言ってましたけど、違うんですよね。
僕にはものすごく友好的で、本当に「何をしても噛まない」んですよ。
最初の頃は「噛みます」と聞いていたので、相当に身構えて、一切触りませんでした。
でも、最初から友好的だったんです。

自分なりに、よくよく考えました。
「なんでこの子は、家族は噛むのに、おれのことは噛まへんのやろか」
「リーダーだと認めてる」から?
明らかに「群れ(家族)」には属していない僕を?
本当に「オーラ」が出てるの?
そんな馬鹿な。

確か、すでに本を何冊か読んでいた頃だったと思います。
「本で得た知識」でしかないけれど、ほんの少し知恵もついていた頃でした。
そんな僕がたどり着いた結論は「家族には日常的に叱られているけれど、僕に叱られたことはないからじゃないか?」でした。

そこで、飼い主さんに提案をしました。

 「叱ることを、一切やめてください」

飼い主さんはかなり不安がっていましたが、とにかくやってくれとお願いして、やってもらいました。
結果、一気に噛みつきが減っていったんですよ。
もちろん「叱ることをやめる」以外にも、いくつかやったことはありました。
でも、「叱ることをやめる」ことをスタートして、本当に犬の顔つきが変わっていったんです。

飼い主さんも喜んでくださいましたけど、僕もすごく嬉しかったのを覚えています。

そんなこんなで、僕は「叱る」ということを、やらない人間になっていきました。

もう、15年近く前のお話でした。

で、まあ、思うんですよ。
「叱るのをやめるって、結構勇気がいる」って。
なかなか難しいと思うんですよね。

それに、こないだの名古屋でのセミナーでもそういう話題になったんですけど「ずっと叱られてきた子に対して、叱らないということをやり始めると、問題行動がどんどん出るようになっちゃう」ってことも、あったりするんですよね。
たとえて言うなら「叱る」ってことでフタをしてたのが、そのフタが外れたおかげで、色々噴き出してきちゃうみたいな。
そうすると、ぱっと見は「叱ることをやめたら、もっとひどくなった」って見えますから、「ほら見ろ。やっぱり叱らないとダメじゃないか」みたいなことにもなるだろうなと。
それにやっぱり「上手に叱れた」ときは、スコンと問題がおさまったりしますし。

実際問題、どうしても叱らなきゃならん場合というのもあります。
ただまあ、個人的には「叱らなきゃならん場合」ってのを作ってるのが、「人間側」なのであれば、それは「叱らなくてもよい場合」に変換することができるだろとも思ってます。

でね。
このブログでも、「叱るメリット」だの「デメリット」だの、「うまくいかない理由」だの、「行動の原理」だの「科学」だのと、なんか色々理屈こねてますけどね。
究極は、究極はね。

 「そんなにイヌ叱りたい?」

これなんですよね。
正直な話、叱りたくないでしょ?
どうですか?

理屈や理論や科学や、もうどうでもええから、正味の話、怒るでしかし、いや怒ったらあかんがなしかし。
嫌かどうかで言うたら、そら嫌やと思うんですよね。
ほんならっちゅう話です。

 「叱らんで済む方法、探さなしゃあないがな」

だからまあ、最近は「なんで叱らないんですか?」って聞かれたら、「だってやだもん」って答えてます。

でまあ、それだけじゃあさすがに説得力ないですから、「色んな工夫」を考えて、お伝えしてるってわけです。
ベースアレンジも、その一環。
このブログも、その一環。

それでは今日はこの辺で。

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hit1678 について

1978年9月17日生まれ。♂ Dog Life Design ocean style代表。 行動学(行動分析学)に基づいた、イヌの問題行動の改善が専門。 高校卒業後、警察犬訓練士に師事。その後、家庭犬の訓練に従事する。 現在は、問題行動の改善をメインとしつつ、しつけ、トレーニングではなく、「ヒトとイヌの暮らし」を支える「Dog Life Design」というコンセプトで、京阪神をメインに訪問セッションやセミナー講師を務める。 現在、立命館大学大学院応用人間科学研究科応用人間科学専攻(対人援助学領域)に通う社会人大学院生。
カテゴリー: 「イヌを叱る(罰)」を考える, ベースアレンジ, 考え方のベースアレンジ タグ: , , , , , , , , パーマリンク